器用貧乏

もう30年ほど前のことである。

わたしが知り合った女性のご主人が、たまたま相方の後輩であることが分かり、それから家族ぐるみのお付き合いになった。

彼、Aさんとしておこう、はなかなか男前ですらっと背も高く、明るくてお話も上手だが、薀蓄がちょっとね だった。

 

そのころは、Aさんのお父さんが小さな会社をしておられたのだが左前になり、Aさんが後始末を手伝っていた時期だった。

暗い顔など一度も見たことがなかった。

奥さんも働いていたが、生活は大変だったはずだ。

彼はお父さんの借金を背負って、いろんな仕事をした。

パーティーの計画や司会、ラジオ番組のシナリオや雑文を書いたり、バーテンダーやトラックの運転手など、何をさせても上手いのだ。

でも、いわゆるサラリーマンをしたことはわたしの知る限り、ないな。

 

奥さんは仕事の区切りがついたので、子供を連れて実家へ戻った。

ずいぶん経ってから彼も家族の元へ行ってしまった。

 

会わなくなって20年近くなる。

奥さんはしっかりした人で、子供たちも立派に育った。

メールで彼女にたんまに連絡して、彼はどうしていると尋ねると「犬の散歩係」だと言う。

 

彼のことだ。

きっと犬の散歩にも一家言あるのだろう。