暖かな日々

昨日までの小春日和はお休みしていて、今日は曇りで室内の温度もあまり上がらない。

今月の俳句のお出かけは昨日でおしまい。

今日から2週間ほどは来月の兼題の句や投句するための句を詠んだり、自分の身の回りに見かける季語を使って、いやいや、身の回りを詠むために季語を使って俳句する。

 

昨夜、さあ寝ようとベッドに入ったら、何だかとても幸せな気分になった。

俳句始めて2年半。いろいろ初めての経験が目白押しで、どどどっと今まで来た。でも、ようやく俳句の姿がおぼろげに見えてきた。

そして、一緒に過ごしてきたホームグラウンドの先生や先輩方のあたたかさに包まれている。大学以来、こんなにたくさんの方々と一度にお知り合いになったのは初めてだ。

いいクラスに入ったなぁ。わたしってついてる。

 

もうすぐ12月。先生も走るし、生徒のわたしもバタバタする。

それまで、この暖かな日々を享受しよう。

名乗り

今日はわたしのホームグラウンドの授業と3句出しの句会の日だった。

3句の内、先生に並選2、いただいた。3,4日掛けて作った柿落葉の句には互選も4、いただけたが、危惧したとおり3段切れすれすれだった。上5のおしりを連体形にして下へつなげることも考えたが、それではぐだぐだした感じがした。それであえて「たり」で一度切っちゃったんだ。中7、下5は全部、名詞だから3段切れと言われても仕方なかった。先生はぎりぎりO.K.と言ってくださった。

まあ、選がいただけただけで一安心。

久しぶりに名乗ったなぁ。句会では自分の句が選に入って披講されたら名前を言う。これが名乗り。

名乗れるのってこんなに嬉しいとは。

先輩方でさえ、名乗れない日もあるのだ。

わたしのようなぺいぺいが選んでもらえないと落ち込むのは100年早い。

たとえ2回でも名乗れてよかったー。

さあ、飲むべ!

やる気満々

結論からいうと、また完ボツだった。

昨日はどんな嘱目があるんだろうと楽しみにして会場へ行った。予想通り、いろいろな植物や炭、魚を獲る「たっぺ」という竹製の漁具などなど、目移りするほどたくさん並んだ。漁具などは難し過ぎたが、見せてもらっただけでもよい経験となった。

で、楽しく句を詠んだのに、1句も選に入らなかった。やはり落ち込む。3日間で2度目だよ。いつものように何人かでお茶を飲みに行く気にもならず、鬱陶しい顔して家に帰った。

でも、お腹いっぱいご飯食べてビール飲んだら、だいぶ元気になった。

8時ごろから1時間以上、ホームのクラスで仲良しの美人のHさんに電話して話した。日曜のこと、昨日、火曜のこと。それから日曜の5句、全部チェックしてもらった。言葉や文法の間違いはないか、季語がずれていないか。彼女は的確に「間違ってないけど理解されにくい」「ありきたりだ」「その場にいない人には分からない」とビシバシ言ってくれた。お蔭でわたしは頭のもやが晴れて、スッキリ爽やか。

それからハイボール飲みながら、テレビの録画見て、お風呂入って寝た。6杯くらい飲んだかな。それと導眠剤でぐっすりだった。

今日は寝坊したが、やる気満々。

さて、今から明日のホームグラウンドの句会へ出す句の推敲をしよう。

それから結社の雑誌に送る句を考えなきゃ。

忙し、忙し。 

再出発

今日は嘱目で詠む句会の日。

昨日は1日、俳句考えていた。何とか一歩前へ踏み出せないかと、書いては消し書いては消し、していた。

今朝、わたしの属している結社の句誌を読んでいた。

1人の方の句が目にとまった。彼は今は体調が優れないので句会などには出ていらっしゃらないが、投句はなさっている。前から彼の人柄に似た飄々とした句が大好きだった。ようやく気が付いた。彼は季語を詠むのではなく、景色や状況を詠んでらした。

これだと思った。わたしは季語だけしか見ていなかった。だから、説明のような句しか詠めなかったんだ。もっと視野を広げてわたしの世界を見るべきだったんだ。

さて、今日の句会が第2のスタートラインだ。

見方を変えるのはそうそう簡単なことではない。

めげずに少しずつ進んでいこう。

わたしの成長

今週のお題が「〇〇の成長」だった。

今のわたしにぴったり。

昨夜ぐっすり眠った。やっぱ、疲れてたんだな。

昨日出して没になった句を、今朝読んでみた。季語がずれてるなと感じた。

一昨日の夜に慌てて詠んだ句ばかりだ。吟行してない。やっぱり実物を見て感じて、その日の天気や気温の元で詠まないとだめだと、よーく判った。

それでなくてもネガティブでマイナス思考の女なので、非常に打たれ弱い

でも、ありがたいことに身体は丈夫な方だから、たっぷり眠ればまたビヨヨーンと元気になる。

このようにして、ちっこいわたしはちょっとずつ成長していくんだろう。

60過ぎてたって伸びしろはまだあると信じてる。

ちっこいわたし

今日は大きな句会の日だった。

わたしの属してる句会の1つが担当だった。ゆっくり吟行する時間がないのは分かっていたので、前もってある程度ありそうな光景を想像して句を作って行った。

結果、惨敗だった。

帰って相方にぐちぐち言ってると、彼も自分のミスで負けたりすると、落ち込むことあると慰めてくれた。

でもね、ソフトボールはチームプレーだ。俳句の句会は完全に個人プレーなのだ。

わたしよりキャリアの浅い人に大きな差を付けられて負けちゃった。

負けちゃったことより、それに囚われている小さな自分が情けないんだ。

きっと2年半のキャリアのわたしよりうんとキャリアのある方々も同じような経験をなさっているのだろう。そういう経験ものり越えて、それでも俳句を続けてらっしゃるんだろう。それだけ俳句って面白いってことだ。

わたしも悔しいけれど、それで俳句を止めようとは思わない。

今日よい成績だった人を嫌ってもいない。

ただただ、ちっこい自分をどうすればもうちょっとましな人間にできるんだろうと考えてるだけ。

意外と明日の朝にはケロッとしてそうな気がする。

今朝は早く起きたから、今晩はもう寝ようっと。

Wさん

今日は午後に実家へ行き、その後、お墓の掃除をしに行った。

もう冬の始まりだから、雑草も枯れ、楽勝だと思っていたのに、何の何の。

1時間半ほどかけて格闘し、お花と線香を供え、手を合わせ、疲れ果てて帰ってきた。

 

ポストを覗くと、喪中のお葉書が1枚。働いていたころの上司のWさんからだった。

彼は1970年代の中頃から会社にコンピューターを取り入れるべく奔走した人だった。まだそのころ、わたしの働いていた業界ではタイプライターで書類を作成していて、書類によっては人がそれを手で渡さなければならなかった。結局、実現したのは10年ほど後で、わたしは結婚して会社を辞めていた。彼はそれからも穏やかだが粘り強い仕事ぶりで若くして取締役になった。

その一方、趣味が多く、音楽を聞くのも、美術館へいくのも好きだった。絵を描き、シルクスクリーンをし、篆刻をしたり錫のちろりを作ったりした。京都府の山奥に薪ストーブのあるログハウスを建て、そこへ人を呼び楽しんだ。

ずっと前に彼に訊いたことがある。「Wさんはいっぱい趣味があっていいですね。奥さんとご一緒にはされないんですか?」

すると彼は「彼女は彼女で違うことをしてます」

わたしが結婚する時も後押しして下さった。「僕は人生で2つ、したいことがある。夜逃げと駆け落ちです。あなたに1つ、先をこされたな」

年に1回、仲間とシルクスクリーン展をなさるので、年に1回、顔を見にいく。

40年ほどのお付き合いになるが、一度も奥さんとお目にかかったことがない。

その方が亡くなってしまった。もう、お会いすることはできない。彼が80代前半だから、彼女は80を過ぎた年ごろだったのか。

Wさんらしいあっさり、淡々とした喪中葉書で、小さな花のシルクスクリーンが添えてあった。

 

Wさん、お寂しくなられましたね。今からメールいたします。