ジベル薔薇色ひとうしん

「ひ」は米偏に比、「とう」は糖、「しん」は「疹」と書く。

 

30日の月曜日、お風呂へ入ろうと服を脱いだら、お腹まわりに赤い大小のブツブツが沢山出来ていた。痛くも痒くもないんだけど、相方に見てもらったら背中や腰の周りにもあるらしい。

火曜日にいつもの笑顔よしの内科のA先生に見てもらったら「ヘルペスでも帯状疱疹でもありませんね。何かアレルギーはありませんか」と聞かれた。「耳鼻科関係から食べ物に至るまで一杯あります」と言うと「だったら、何かのアレルギーだと思います。アレルギーを抑える薬を1週間分出しておきますので、3日たっても治まらなかったら、皮膚科へ行って下さい」と言われた。

 

昨日、金曜日、3日経ったけど治らないので、朝から自転車をこいでH皮膚科へ行った。けっこう遠い。たまたまH先生じゃなく、女医さんに見てもらえた。ラッキー!A先生にぶよぶよのお腹を見てもらった時はすごーく恥ずかしかったんだから。まだ、女性同士の方が気が楽だ。

女医さんは「ああ、これはジベル薔薇色ひ糖疹と言います」と紙に書いて下さった。

「しばらくしたら薄い皮が張ってきて自然に治ります。一度掛かったら、もう一生かかりません。でも治るのに1か月以上、掛かるかもしれません。ただしアレルギーの薬を早めから飲んでいるから、早く治まってくれるかもしれません」とおっしゃり「同じ薬と塗り薬を出しておきます。来来週の火曜日に来てください」とのこと。

で、薬をもらって、また自転車をこいで帰った。すごーく寒い朝で、家に着いたらしんどくて、相方に塗り薬を塗ってもらい、ベッドでうつらうつらしてた。

 

結局、昨日は彼に買い物に行ってもらい、晩御飯も作ってもらった。残り物のジャガイモや人参、大根に鶏肉を入れた煮物、あったかくて美味しかった。一応、節分だから とスーパーの太巻きのちょっといいやつ1本を半分こして食べた。

コロナがようやく抜けかけてくれそうと思っていたのに、抜けきらないうちに、今度は皮膚炎。

 

何時になったら元気なわたしに戻れるんだろう。

養生

22日から24日の2泊3日、滋賀県へ行った。

旅行と言うより、抜けきらないコロナの倦怠感を少しでも減らそうと養生するためだった。

 

だから、22日は着いてもどこへも行かず、ずっとお部屋の窓から道一本へだててすぐの琵琶湖を見ていた。

竹生島と何本もの長い堤防の線が琵琶湖に表情をつける。

久しぶりに俳句が詠めそうな気がした。

未完成がいくつかだけ。

それでも2カ月ぶりの句だ。

嬉しかった。

ご馳走をいただき、お酒を楽しんだ。

久しぶりに美味しいって思った。

寝る前に大浴場へ行ったら、貸し切り状態で一人っきりだった。

相方は早々とテレビを見ながら眠ってしまってたので、わたしはいつものように12時に導眠剤と安定剤を飲んで、ベッドに入った。

でも、眠ったような眠れなかったような感じだった。

 

翌23日、7時前にあきらめてごそごそ起きたら、相方も起き出した。

早めの朝食をいただき、お土産を少し買って、バスで駅へ。

そこから2軒目へ北周りで行く予定だったのが、ポイントの故障か何かのせいで、来た線を山科まで逆行し、そこから北向きに行くことになった。泣く子とJRには勝てない。

2軒目の方が新しくて大きかったが、琵琶湖は遥かむこうだった。

俳句の種を探したがなかなか見つからない。

あきらめて、トランプや将棋などを貸してくれると書いてあったので、花札を借りて相方と二人で遊んだ。いつも通り、わたしの負けだったけど。

ここの方が食堂もりっぱで華やかだった。でも、内容は1軒目の方がわたしは好きだった。久しぶりに飲んだワインが美味しかった。

クリスマスイブからコロナでお正月もなかったから、2軒のご馳走はわたしの目も口もおなかも楽しませてくれた。

で、この日は前夜、あまり眠れなかったので、11時半にはお風呂も済ませ、薬も飲んで、早めに寝ようとした。でも、浅い眠りで、起きた時も軽い頭痛がした。

 

24日朝、わたしが生あくびをしていると、相方が部屋の露天風呂に入ってきて「体を温めたら、すっきりするよ」と勧めてくれた。

入ってみたら、朝湯ってほんと、気持ちがよかった。

お化粧をして、ゆっくり目に朝食会場へ行った。

もうすいていて、のんびり朝ご飯をいただき、お土産物屋さんで自分たちのお土産を少し買って帰途についた。

この時にJRが遅れだしていたのが、後から日本中で雪が降る寒い日々の先駆けだったんだ。

 

わたしたちが大阪にお昼過ぎに着いたら、うんと北にある滋賀より寒かった。

 

夜、ベランダとリビングの間のガラス戸の内側がびしょびしょになり、何度もタオルで拭いた。

 

昨晩は結構眠れた。

でも、朝から寒くて、外に出るのに勇気がいった。

 

せっかく養生に行ったのに、また、お家にこもってしまうよ。

 

自然にはかなわないし、身体もまた、自然の一部なんだ。

 

逆らうことはできない。

平熱

えー、まずは訂正。

2日の日に書いたブログの「後遺症」という言葉は違ってたみたい。

わたしは12月の24日に発症、25日に陽性の判定、31日で一応自分を隔離するのは解除されたけれど、1月1日から3日まではもしかしたらコロナの菌を出している可能性がゼロではないから、出来るなら人と接触しない方がいい。それで問題がなければ4日からは普段通りに生活できる はずだった。

でも、わたしは1月1日からの方が気管支関係のつらさや微熱、倦怠感が強かった。でも、それが何日か続くくらいは後遺症とは呼ばないそうだ。まだ、もろ、コロナの続きで、後遺症と言うのはせめて何週間も続いた症状のことらしい。

解除から12日経ち、気管支系はかなり楽になった。でも倦怠感はまだまだ残っていて、家事をちょっとしてはベッドで休み、の日々は続いている。

 

それから微熱について。

わたし、オムロンの10数年経つ体温計を電池も替えず使ってた。

大体、普通は35、7℃くらいで、これが自分の平熱だと思ってた。だから、36℃台だとちょっと熱っぽい感じがしてた。

コロナになってからも、ほとんど35、6℃前後だった。

それが1月8日に計った時、37、0℃で熱くって、ぐだーってなった。

念のため、相方が新しいオムロンの体温計を買ってきてくれたので、それで測るようになったら、ほとんど毎日36℃を超えていた。

昨日は36、6℃でだるかった。今朝は36、1℃。でも、熱くもないししんどくもない。

要するに、古い体温計、実際よりかなり低めに表示されてたのに気付いたんだ。

 

いずれにせよ、36、5℃もあればちょっと熱っぽい感じがするから、ああ、微熱があるな って思ってたんだ。でも、オムロンの説明書に、日本人の平均的な体温(健康時)は約36、89℃±0、342だって書いてあった。つまり36、5℃から37、2℃くらい。もちろん、大人も子供も全部ひっくるめてだと思うけど。

だから、平均的な体温からすれば、36、5℃なんて微熱の内にははいらないんだ。

新しい体温計を使い続けていかないと自分の平熱は分からない。

いずれにしても、わたしの平熱は低そうだけど。

後遺症

昨日のブログに書き忘れてた事、それは「後遺症」。

わたしのコロナ、12月24日に発症して、25日にお医者様に検査してもらって陽性だとされ、その日を1日目として31日が7日目。これまで熱もほとんどなく、咳が少し出て、身体がしんどい程度。何しろ、相方にうつさないようにと、そちらにばかり気が行ってた。だから、7日目の夜もこれで彼に移さずにすんだと言う思いの方が強かった。

 

で、昨日のブログに書いたように1月1日、解除したらすぐシーツや枕カバーを変えて洗濯、布団類は干して、寝室の掃除をするつもりだった。

でも、相方が用意してくれた心尽くしのお祝いの料理も美味しいと感じないし、ひたすらしんどくてまたベッドに逆戻りした。

コロナになってから、ずっと相談に乗ってくれていた自宅療養者専用ダイヤルへ電話した。

昨日、書いたように、その時によって、いろんな方が相談に乗って下さる。みなさん看護師さんらしい。

 

「ああ、それ、後遺症ですよ。倦怠感がひどい人は3,4カ月、続きます」なんてこと、その人はこともなげに言った。

この7日間、高熱もなく、咳は出たけどそんなにひどくなかったし、消毒しまくって、自分を寝室に隔離し、相方との会話は携帯でしてた。

 

ようやく解除となったのに、今度は後遺症が3,4カ月?

 

その夜、つまり昨夜から空咳みたいな、気管の奥の方からあまり痰が絡まない咳が出て、息が苦しい感じがした。

気管支や鼻粘膜のお薬はその前の7日目でなくなっていたんだ。

 

安定剤を飲もうかと思ったけど、12時に導眠剤と安定剤を一緒に飲んで眠ってるから、10時頃には飲めなかった。安定剤は4時間開けないとだめなんだ。

 

悩んでたら、相方が自分の気管支炎の沢山の薬のうちの漢方薬を差しだし「これならたいした影響はないだろうから」と言った。

わたしはお医者様に怒られるだろうけど、すがる気持ちでそれを飲んだ。

なんか効いたような気がした。

それから12時にいつもの薬を飲んで、なんとか眠った。

 

でも、今朝も息苦しい感じは出たりなくなったりだった。

検査して下さった医院へ電話して、診察を受けるのはインフルエンザが怖いので、現状の説明をして、それを看護師さんが先生に伝えて下さり、お薬を出して下さる事になった。

で、午前中に医院へ行き、3種類のお薬をいただいてきた。

 

さーてさて、これらの後遺症がいつ治まるのか、神のみぞ知る。

 

でも、きっといつかは元気になれる。

少しでも早く元気になりたいけど、焦るまい。

出来ることだけして、無理はしないで暮らしていこう。

相方にはほんとに申し訳ないけど。

今年の目標

新年のご挨拶は、喪中につき申し上げられませんので、皆様方の本年のご多幸をお祈りさせていただきます。

 

さて、コロナなんだけど、12月24日発症で12月31日解除だった。でも、後3日間はもしかしたら、まだ菌が出ている可能性があるから、まあ、お家で大人しくしておくよう、保健所の方に言われた。毎日、電話をかけてきて状態を訪ねて下さり、質問にも答えて下さり、助かったんだけど、かけてくる人は何人もいるようで、人によって微妙に返事が違う。

たとえば、解除後の3日間の過ごし方も、おせちを食べる時も向かい合って食べないで二人とも左側の席に座って、話をしないで食べて下さい と言う方もいれば、もう自由に食べて下さって大丈夫ですよ と言う方もいる。

寝室に関しては、わたしがおこもりしてるので、相方はリビングに布団を引いて、枕や掛布団、毛布など持っていった。それをもう戻して大丈夫ですよ と言う方も、3日が過ぎてからにして下さい と言う方もいる。

 

ま、わたしは昨日31日は、自分がけっこう元気だと思ってたので、今日は形だけのお祝いを済ませたら、シーツとまくらや布団のカバーなんか外して、布団や毛布は干すつもりだった。その間に寝室の掃除をして、ほかのシーツやカバーに変えるつもりでいた。で、今夜からは、いつも通り寝室で二人で寝るつもりだった。

でも、久しぶりに台所に立ったら、もう、それだけでかなり疲れちゃった。

だから、洗い物してそそくさとまたベッドへ逆戻り。

 

あー、やだ、歳だ。

でも、無理はすまい。

神様から頂いたこの身体。

大切に長く使わせていただかなければ。

 

今年の目標。

心と体をいたわりつつ、楽しく生きていこう。

よいお年を!

大変なことの多かった今年も、もうすぐ終わる。

 

昨夜、初めて検査キットを袋から出してやってみた。

熱はそうでもないんだけど、咳と鼻でしんどくてたまらなかった。

念のためのつもりでやってみたら、紅い線がくっきり。

 

今朝、日曜でも開いている病院を友達に教えてもらって検査を受けた。

やっぱり陽性だった。

熱さましと喉や鼻のお薬をもらって帰って来た。

 

相方に晩御飯のお買い物をしてもらった。

 

わたしが昨日24日から発病で、それから7日で31日、調子が良ければもう1日2日早く、買い物へ行けるようになる。

 

どうか彼にうつりませんように。

 

イブもクリスマスもあったものじゃなかったよ。

 

あんなに注意してたのに、どこでうつったんだろう。

スーパーだろうな。他はほとんど行ってないんだから。

 

来年はいいことが一杯ある年になりますように。

 

世界に、日本に、みなさんに、そして我が家にも。

ちょっと早いクリスマスプレゼント

一昨日の木曜のN教室へ行くつもりだったんだけど、大阪もコロナ新感染者数がどんどん上がってきていて、ビビりのわたしは街へ出られなくなった。

で、前日、お世話係のKさんに携帯のメールで投句させていただいた。

木曜の夜、Kさんは早速、結果を知らせて下さった。

 

5句出しで、特選1,並選2。

 

特選はかなりモダーンな句で、認めてもらえるか無視されるかのどちらかだと思っていた。

 

クリスマスイヴに指輪のはずでした

くりすますいぶに ゆびわの はずでした

 

「クリスマスイヴ」は仲冬の「クリスマス」の傍題。もらえなかった、もしくは受け取ってもらえなかった指輪と、クリスマスイヴの華やかさの対比、二人の感情のもつれなんかを背景に、色んな想像が出来て面白いかと。

先生も面白がってくださったんだろう。

 

並選の2句のうちの1句。

 

山茶花やつぼみの先の赤暗し

さざんかや つぼみのさきのあか くらし

 

山茶花」は冬の初めの季語。濃い緑の葉の影に小さなつぼみが見えているのだが、その先の赤い色を暗く感じた。

先生の訂正、ではなく「僕だったらこっちの字にする。好みの問題だからどっちでもいい」とおっしゃったらしい。

 

山茶花やつぼみの先の赤昏し

 

そうだ。こっちの字の方がわたしの感覚にも近い。こちらにさせていただきます。

 

並選のもう一句。

 

安全靴底冷え堪え町工場

あんぜんぐつ そこびえこたえ まちこうば

 

「底冷え」は冬の季語「冷たし」の傍題で、相方の実家の鉄工所の様子を思い出して詠んだ。

先生は順番を入れ替えた方がよいとおっしゃったそうだ。

 

じゃあ

町工場安全靴の底冷えし

とか

底冷えの安全靴や町工場

とか、どうかしら。

 

いずれにせよ、3句入選はありがたく、先生からちょっと早いクリスマスプレゼントをいただいた気分です。