前へ

まだオリンピック期間中だった。

相方のLINEに同じマンションに住むカホちゃんから「テッちゃん、パラ、ダメでした」との連絡が入った。

相方は直ぐ「3年後、楽しみにしてます」と返事入れたらしい。

 

テッちゃんは20代半ばに事故で大怪我をして、下半身麻痺となった。

元々、スポーツマンで高校の時はレスリングしていたらしい。

車椅子の生活となってもスポーツは続けていた。

いろいろ試した結果、ウエイトリフティングを選んだ。

幸運にもリオのパラリンピックに出場できたが、キャリアが浅く残念な結果となった。

でも、彼は東京を目標にしていたので、いい経験ができたと言っていた。

あれから5年間、コツコツと努力した結果、彼の胸、肩、腕はムキムキになった。

動かせない、筋肉が落ちてひょろひょろになってしまった足との差が痛々しいけれど。

 

オリンピックが始まってからも、まだパラのウエイトリフティングの予選は続いていた。

そして、最後の最後で出場を逃した。

 

どんな気持ちでいるのだろう。

わたしは彼が心配だった。

まわりへの気遣いを決して忘れない人だから、応援してくれた人々、特に企業にさぞ心苦しく思っているだろう。

責任とって、もう止めるつもりじゃないかしら。

 

それからしばらくは、幸か不幸か、彼ともカホちゃんとも出会わなかった。

会ったらどんな顔して、なんて言葉をかければいいんだろう と思ってた。

相方は3年後、再チャレンジなんて気軽に言ってるけど、彼自身はどう考えてるんだろう。

 

2日前の月曜、相方と買い出しに近所のスーパーへ行った。

「まーりさん」

カホちゃんだった。

「買い出しですか?」というカホちゃんに思わず訊いてしまった。

「テッちゃん、前、向いてる?」

カホちゃんはマスクの中で微笑んで

「前しか見てませんよ」って。

 

よかった。

よかった。