父と寿司屋

今週のお題「寿司」

 

わたしが小学生のころ、大ご馳走があった。

握り寿司である。

 

それもどう考えても小学生向きの店ではなかった。

神戸のセンター街から何本か入った古い寿司屋だった。

ここは当時、営業で日本中を飛び回り接待をする側だった父が神戸で使っていた店だった。

年に何度か、家族をそこへ連れて行くのが、今考えれば、父の楽しみであり意地でもあったようだ。

白木のカウンターは清々しく拭き清められ、その奥に10センチ程の溝があり水が流れるようになっていた。寿司は箸で食べるものではなく、手で掴んで食べるのだと教えられた。使った手指はその流れで洗い、おしぼりで拭くのだと。

席についたら頑固そうな親父さんが父に「今日は明石で良い鯛を見つけましてね」などと、もそもそ話し、一々注文など訊かない。いつもそれはそれは美味しい魚を握ってくれた。うちの家族の好みは親父さんの頭の中に入っていた。最後はキュウリ巻きというのが父の締め方だった。

 

わたしたち子供が親と行かなくなっても、父は母と時々行っていたようだ。

その間に息子さんに代替わりした。そして阪神淡路の震災で店はやられ、1年半くらいして山手の方に新しく店を構えた。それから、母と1度、行ったように記憶している。

 

わたしにとっては身分不相応なあの店が初めての寿司屋であったのは、幸だったのか、不幸だったのか。

今でも分からない。