てっちゃん

うちのマンションはコの字型で北、東、南棟の15階建て。

1階は車や自転車のパーキングで、2階から上が居住域。

1フロアー25部屋、千人以上の人が住んでいる。

2005年8月に建ち、わたしたちは15階南東の部屋に、9月に入居した。

 

そのころ相方は車で実家の工場へ通っていた。

朝に駐車場で一緒になる車椅子の青年がいた。

その青年はワゴン車のドアを開け、腕の力で自分の上体を車に入れ、座席に腰をかけて手で足を車に入れ、車椅子を掴んで後部座席にほうりこむ。それからドアを閉め、特別仕様の、手ですべて動かせる車で出ていく。

ある朝、相方は彼に手伝おうかと声をかけた。彼は相方ににっこり微笑みかけ「ありがとうございます。でも、大丈夫ですから」と言った。

それから、彼んちとうちのお付き合いが始まった。

 

彼んちは同じ25階の北西の角部屋。

彼はてっちゃんで、奥さんがかほちゃん。初めてうちへ来た時から一升瓶、持ってきた。彼は日本酒派。かほちゃんはひたすらビール。

その日にてっちゃんは明るい顔で23才の時の事故の話をしてくれた。

トラックの運転手だった彼は山道から谷へ落ちた。ひどい事故でみんな、運転手は死んでいるだろうと思ったらしい。それでもかろうじて息があった。病院で治療を受けている間も、その後も眠り続け、かほちゃんはずっと付きっきりだった。目覚めて何日かして、かほちゃんがてっちゃんに「もう一生、歩けへん」ことを告げた。彼は1週間考え悩み、その後、離婚しようと言ったらしい。かほちゃんは「なんで?」と言った。

 

その日からまた二人で進みだした。

 

彼はレスリングでインターハイへ出たスポーツマンで、このマンションに住み出してからも、競技用車椅子を練習してたりした。

子供が欲しかった2人は体外受精で長い時間をかけて女の子を授かった。

てっちゃんはこの赤ちゃん、りんちゃんを可愛がって可愛がって、彼女に「カッコいい」パパと思ってもらいたいと、ウェイトリフティングを始め、今やパラリンピック選手なのだ。りんちゃんも5年生になったかな。

 

そうそう、彼は何しろハンサム、というより男前なんだ。

色白の小顔できりっとしてる。肩は筋肉で盛り上がり、胸板も厚い。

でも、腰から下の神経は働かず、ほそーい足が痛々しい。

 

あの2人はまだ40代初めだ。これから先がうんとある。

でも、2人とも人に愛される人間性を持ってる。

大丈夫。きっと、いい人生を送っていくだろう。

 

ただね、りんちゃんが結婚する時、てっちゃんは泣くだろうなぁ。