快 不快

大阪は昨夜、雨の止んでいる時間帯があった。

でも、残念ながら星は見えなかった。

牽牛と織女は年に1度の逢瀬ができたのか、できなかったのか。

七夕の句を と歳時記を見れば、例句の山。沢山の俳人が七夕の名句を詠んでいる。

わたしの考えそうなことは、もうすでに考えられていて、素晴らしい句になっている。

俳句は定型詩であるから、同じく定型の和歌などの枕言葉などを用いると格調高い句になる。逆さまに現代の情景と七夕の季語とをぶつけると、モダーンな取り合わせの句となる。

和歌の素養はないし、今は取り合わせの句を控えている。

一物仕立てで、人が考えないような変わった切り口の句となると、わたしには老眼鏡なしで針の孔へ糸を通すようなもんだ。

 

なんで散文なら、こうしてつるつる出てくるのに、韻文となるとだめなんだろう。

同じ文字を使うことなのに。

俳句というだけで身構えているところがある。

五七五という字数だけではなく、文語文法の難しさ、季語の深い意味合いへの理解、その他のしてはいけないルールなんかも一杯ある。

 

わたしが2度失敗した、使ってはいけない言葉、差別につながる言葉は結構、難しい。わたし自身に差別の意識がないから、つい使っちゃうんだ。

 

2年前、冬の季語「柿落葉」が、嘱目として他の季語そのものや季語に関するものと一緒に机の上に置かれていた。柿の葉寿司などに使われる柿の葉の落葉は見事な色、朱、オレンジ、黄色、薄緑、濃い緑なんかになり、机の上の柿落葉はこれらの色が複雑に入り混じってて、おまけに虫食いの茶色が点々とついていた。

わたしはこれを色盲の検査表みたいだと詠んでしまった。互選がいくつか入ったんだけど、先生の選はなく、注意を受けた。

色盲というのも差別用語になります。使わない方がいいでしょう」「でも、わたしの父も色盲だったし、偏見の気持ちなんか、これっぽっちもありません」「まりさんに偏見がなくても、読んで不快に思う人がいるかもしれません」

ハッとした。そうだ。色盲の人がたまたまこの句を読んだら、嫌な気分になるかも知れない。わたしは考えが甘い。

 

それともう1回。「肺病やみ」という言葉でも注意された。同じく不快に思う人がいる と。こちらも父方の祖母が結核で、父も父の兄と妹、つまり叔父と叔母、も若いころ、結核だった。わたしには馴染みのある言葉だった。しかし、2度も同じ轍を踏むとは、ほんとにわたしは物覚えが悪くて、不出来な人間である。

 

そんな人間なので、他の人よりも、注意に注意を重ねて句を詠まなければならない。

助詞の使い方、歴史的送り仮名、文語文法の活用の仕方。3年くらいじゃまだまだ。

むしろ、分からないことが増えてくる。

こんな調子なので、なかなか俳句を楽しんで詠むことはできない。

 

でもね。月に1回ほどあるんだ。季語、見たとたん、するするっと句が出てくる事が。

すごい快感だよ!