面影のひと

上高地の3日めは大正池から河童橋までのハイキングコースを歩いた。

尿酸値の高い相方は利尿作用のある薬を飲んでいるので、何度もトイレに行く。

上高地のトイレはチップ制のところが多い。

大正池から3度目のトイレを終え、上高地温泉の足湯を見つけ、相方は足湯につかると言った。わたしは足が濡れるのが面倒で、そのあたりをぶらぶらしていた。

温泉宿が宿泊客以外の人も温泉に入れるように、入湯券やタオル類の券などの販売機を置いている場所で、1人の女性と会った。

70才後半くらいの小柄できれいな方。わたしが「お風呂に入られるんですか」と声をかけると、口元に静かな微笑みを浮かべて、「ええ、白樺荘に泊まっているんですけれど、あそこのお風呂は温泉ではないので」とおっしゃった。「あら、わたしも白樺荘に泊まってました」とわたしが言い、ほんの少し彼女と立ち話をした。

わたしは上高地は初めてだが、彼女は何度目かだということ。今回は一人旅だということ。きれいな関東のイントネーションでおっしゃった。

相方が「おい、行くぞ」と言うので、彼女に「さようなら。どうぞ、お元気で」と言うと「はい、あなたもね」と。

何か悲しいことがあったんだ。思い出を確認しに来られたんだ。

たった1,2分しかお話できなかったけれど、わたしの心に彼女の面影は深く刻まれた。

 

どうぞお元気で穏やかにお過ごし下さい。