流行感冒
大正7年に日本、いや世界で流行したスペイン風邪の話だ。
作家の「先生」は妻と娘、女中2人と千葉で暮らしていた。
先生は最初の娘を病気で亡くしているので、2人目の娘を溺愛している。
担当の編集者から入港した船の全員がスペイン風邪を発症した話を聞き、感染が広まってゆくにつれ、先生は娘を思うあまり、周りの人間との信頼関係を失ってゆく。
先生から人が集まる所へ行ってはいけないと言われていたのに、芝居を見に行った「石」という女中は、ひどく叱責される。ところが彼女以外家族全員、感冒に罹ってしまう。石は健気に看病し、先生は彼女に「すまなかった」と頭を下げる。
「先生」ほど極端ではないが、わたしも結構、未だにコロナを恐れている。
わたしが罹ったら相方にうつしてしまう。
まだ、相方ならいい。
感染していると気付かず俳句なんかに行って、もしどなたか、その後コロナに罹られたらわたしはどうすればいいのか。それも、わたしよりかなり年嵩の方で、お亡くなりでもしたら。
もし、電車の吊り輪をわたしの前に触った人がきちんと手を洗わない人だったら。
隣に座った人のマスク、もしこまめに洗っていなかったら。
なーんて、暗いマイナス思考の「もし」を何百も考えた。
志賀直哉はスペイン風邪により人間同士の信頼が失われ、それを取り戻す様子を描いているが、結局、この小説では主人公の周りでは誰も死んではいない。
スペイン風邪は前期と後期があった。前期は死者はほとんどなく、後期ではたくさん亡くなられたらしい。
今は新感染者の数が落ち着いているが、年末年始、人は動くし病院は閉まる。
わたしは人間不信なのだろうか。