マーチ
半世紀以上前、わたしの実家で犬を飼っていた。
お知り合いの薬局で飼っていたスコッチテリアが産んだ雄の仔犬だった。
血統書付きの御立派な犬だったが、狭い勝手口に犬小屋を置いて飼うことにした。
その頃、夕方のNHKの子供番組は人形劇で宇宙の話だった。
そして、その番組に出てくる犬の名前が「ピス」だった。
何も知らずにそう名付けたが、英語を習い出してずいぶん経ってから、”piss"っておしっこの事だと知った。でも、もうその時にはピスは死んでしまってた。
何だか悪いことをしちゃった気がした。
ピスが死んでからずーっと実家で犬を飼うことはなかった。死んじゃった後のつらさを思うと飼う気にはなれなかった。
でも、結婚して、娘ができ、彼女たちは犬を飼いたいと言い続けていた。
1990年代半ばのある日、神戸で散歩中の若いビーグル犬を見た。
それはそれは美しく、目は輝き、しっぽはピンと上を指し、地面に脚がついてるのか疑わしいくなるくらい身軽に歩いていた。
あんな子なら飼いたいな って口走ってしまった。
半年ほどして、頼んであった近所のペットショップに小さなビーグルが入った。福岡の女の子だった。
3月に家に来たので「マーチ」と名付けた。
通称、薩摩ビーグルと呼ばれる白地に黒と茶の小振りな犬だ。
前脚の先に茶色のそばかすのような点々がすごくお洒落だった。
一度、お見合いをしたんだけど、相手の男の子は尻込みをして、マーチはフラれた。
でも、マーチはいつも愛想よく笑っていた。ご近所さんにも、よその犬の飼い主さんたちにもかわいがられていた。
突然、心臓の病気で8才半で死んじゃったんだけど、病院へ連れていく車の中でも、しっぽを振り、笑ってた。
やだ。まだ涙が出る。17年も前のことなのに。
それから生き物は金魚もだめ。人間と植物しか家にはいない。
いずれマーチに会える日は来る。それは間違いない。