笑う
わたしの精神状態が悪くて暗い顔をしていると、相方はもっと鬱陶しい顔をする。
わたしの機嫌がいいと、彼も普通の顔になる。
歳が上がるにつれ男も女も引力のせいで口角が下がる。
おまけに彼は白髪の口髭を生やしているのでますますへの字口になる。
外出時はこれにマスクがつくから、笑っていたとしてもわからない。
だから彼の笑顔を見るのはまれなのだ。
12月、地震を恐れて鬱っぽかったわたしに、彼はよしよしとはしてくれなかった。
始終、びくびくとし、次の瞬間にはぐらっと来るのではないかと恐れている妻を不愉快そうに見ていた。
そしてあの日、わたしが「なんでみんな、怖くないの?日本がこわれて、津波で流されちゃうかもしれないのに」と言った瞬間、「心療内科へ行ってこい!」と怒鳴った。
途端に憑きものが落ちた。
わたし、尋常じゃない。
自分をようやく外から見ることができた。
あの瞬間で長ーい鬱が解けた。
わたしが正常に戻っても、彼のへの字口は相変わらずだ。
でも、あの頃の彼にあった固ーい体の線、というか、身構えてる感がなくなった。
彼も正常に戻った。
さっき寝室から出て来た彼に「おやつにはまだ早いよ」と言ったら「日向ぼっこや」と言って、しばらくお日様に当たっていた。
彼に「わたしのこと、好き?」って訊いた。
「イエス、アイ ドゥウ」って言って、笑った。