人を選ぶ「もの」
先日、相方と買い出しに行こうと歩道を歩いていると、向こうからベンツのスポーツタイプがオープンにしてやって来て、信号待ちでそばに止まった。
サングラスをかけた茶髪の青年が左手はハンドルに、右手は隣の女の子の肩に回していた。女の子は金髪でグリーンと赤のメッシュが入ってた。
ベンツが泣いてるよ。
たとえ、彼自身が働いて貯めたお金で買ったものだとしても。君には似合わない。
バブルのころ、相方んちの工場でも景気のよい時があった。
彼は40代だったっけ。
ずっと憧れてたベンツを買いたい と言った。
「今、あなたがベンツの運転席に座っても、どっかの親分さんの運転手くらいにしか見えないよ。貯金しよ。」
彼はちょっと不満そうな顔をしたが、諦めた。
それから20年ほど経って、このマンションに引っ越した。しばらくして、それまで乗ってた中古のウインダムがダメになった。まだ、仕事に行ってたので、自動車は必要だった。また、中古の安い車を買うと言うので、「今ならまだ、ベンツ、買う余裕あるよ」と言った。
相方はそれでもためらっていた。退職後を考えていたのだろう。でも、彼の一生の夢だったんだ。今、買わなきゃ、たぶんもう買えないだろう。
「わたしも乗ってみたい」と言うと、踏ん切りがついたらしく、「じゃあ」とさっそく探し始めた。
彼が見つけたのは、3年落ちの中古だけど、余り乗られてなかったみたいで、中もきれいだった。
即金で払い、マンションの駐車場に納まった。
彼はそれから会社の行き帰りが楽しくなった と言った。
「ほーら、買ってよかったでしょ」「うん」
わたしはこの車のことを「メルセちゃん」と呼んでる。
メルセちゃんは今も調子よく走ってくれてる。
白い髭の相方とメルセちゃんは実によく似合う。
使う人を選ぶ「もの」があるのだ。