ラテン語の先生
今朝がたの夢に大学時代の先生が出てらした。I先生。
うちの高校では希望者はフランス語の授業が受けられた。大学に仏文科があったので。
わたしは一応、1度だけ授業を受けてみた。長いセンテンスを書いて、読むのは少し。サイレントだらけなのだ。非効率的だと、すぐ止めちゃった。
大学は小さかったので文学部は2つ。わたしは英文科だったが、高校の時の友達は仏文科だった。そして、英文科の第二外国語はフランス語かラテン語、仏文科は英語かラテン語。わたしはもちろん、ラテン語を取った。
ところがこれが至難の業だった。すべての言葉の語尾に活用があり、時制のみならず男性形や女性形、中性もあったっけ?おまけに死語で、使われているのは学術用語やケンブリッジ大学などの授業くらい。何の役にも立たない代物だった。
でも、わたしはコーラス部でキリスト教のミサ曲も歌っていた。これがラテン語だったのだ。おかげで結構、役に立った。
そして、このラテン語の先生がI先生だったのだ。小柄で色が黒く、少し変な歩き方をなさった。当時、60代だったろうか、小さな声でお話なさる穏やかな方だった。噂によると、彼は元、男子校のドイツ語の先生だったそうで、とても厳しかったらしい。登山をよくなさる方で、凍傷で足の指が欠けてらしたそうだ。噂だよ。
わたしはこのI先生がなぜかとても気になり、この授業にはきちんと出た。
2年の夏休み、先生に暑中見舞いを書いた。
「富士山」という男声合唱曲がある。作曲 多田武彦、作詞 草野心平。歌詞は次の通り。
「富士山」
Ⅳ.作品第拾捌
嗚呼
まるで紅色の狼火のように
豊旗雲は満々と燃え
その下に
ズーンと黙す
黄銅色の大存在
まぶしいぬるい光に浮かぶ数数の
豊旗雲の
その下の
地軸につづく
黄銅色
どこからか そして湧きあがる
天の楽音
当時のわたしには先生はこの富士のごとく、静かだが例えようもなく大きな存在であった。だから、この詩を葉書に書いて送った。
返事がきた。「ありがとう。とても富士などと比ぶべくもないが、そのように在りたいものです」というような内容。
あれから半世紀近く経つ。
先生はお亡くなりになっているだろう。
なぜ先生の夢を見たのか分からない。でも、今のわたしがわたし自身に求めているものがそこにあるのかもしれない。